私たちのアルバムには写真が沢山残されています。 しかし、それらの写真は実際に写されたものの中のほんの一部です。あなたはどういう基準で写真を選択しますか。集合写真でも、他人は上手く写っていても自分の姿が気に入らない写真は排除されます。実際の自分よりも太って見える写真もボツです。大きく口を開けて下品に物を食べている写真や、自分で見て不愉快にさせられる写真は躊躇なくゴミ箱行きです。選り抜きの写真だけが アルバムに納められたり、写真立てに飾られるのです。もし、最悪の写真だけを選んだアルバムを後世大事に抱えている人を見たら、あなたはきっと不思議に思うはずです。しかし、ある人々は記憶のアルバムを実際にこのように編集しているのです。最高の思い出は忘れてしまって、最悪の思い出ばかり覚えているのです。 誰かに傷つけられた記憶を残し、時々その写真を眺めては、その痛みや悲しみを繰り返し味わっているのです。多くの人の思い出のアルバムをめくってみると、そこには楽しかった写真よりも苦々しい思い出の写真が数多く貼ってあるのを見るでしょう。
かつて、イスラエル軍とペリシテ軍が戦った時のことです。戦いは一進一退ででした。そこで、お互いの国から一人ずつ代表の兵士を選んで戦い、勝敗を決しようということになり、ペリシテ軍からは、身長2メートル40センチもある巨人ゴリアテが選ばれて出て来ました。イスラエルの兵士は恐れをなし、誰も出ようとしません。ゴリアテはイスラエル人の臆病を嘲り笑います。その時兵士たちの安否を尋ねて戦場に来ていた少年ダビデはイスラエルの王サウルに、自分をゴリアテの対戦者に選んでくれるよう申し出ました。
「ダビデはサウルに言った。『しもべは、父のために羊の群れを飼っています。獅子や、熊が来て、群れの羊を取って行くと、私はそのあとを追って出て、それを殺し、その口から羊を救い出します。それが私に襲いかかるときは、そのひげをつかんで打ち殺しています。このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受けていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。生ける神の陣をなぶったのですから。』ついで、ダビデは言った。『獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった主は、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。』サウルはダビデに言った。『行きなさい。主があなたとともにおられるように。』」<Ⅰサムエル記17:34~37>
少年ダビデは、どこからこのような勇気をもらったのでしょうか。それは彼の写真のアルバムの中からです。獅子や熊と戦った時に神が共におられて、力を与えてくださったのをダビデはしっかり覚えていたのです。神が巨人ゴリアテとの戦いにおいても共にいて、勝利を与えてくださると確信できたのです。